危険国家?美しいリゾート?レバノン🇱🇧へ行って来た!No.1

みなさんこんにちは!

 

みなさんはレバノンを知っていますか?

 

内戦は勿論、先日逮捕された日産のカルロス・ゴーン氏の故郷なのがレバノンなことは知っている人もいるかもしれません。

 

そんなレバノン、ここにあります。

周りをシリアやイスラエルに囲まれた国です。現段階では空路でしか行くことができません。地図だけみると物騒な国です。

僕は、そんなレバノンに1週間程度旅行してきました。

そんなレバノンとは如何なるお国なのか、書いていこうと思います!

ちなみに、ベイルートにおける交通・宿泊情報などは他項目にてまとめましたので、そちらをご覧ください。

http://new-traveler.greater.jp/2018/11/20/レバノン🇱🇧の情報まとめておいたよ!-ベイル/

 

今回は首都ベイルート。目次を設置しましたので、気になる章をパッと見ていただけると幸いです。写真は多めにしてあります。

 

 

①イスラームとクリスチャンが共存する世界!?

レバノンはキリスト教徒とイスラム教徒がともに住む(40:57、残りはユダヤ教など)、中東では珍しい世界です。早速歩いて行きます。

街の中心には巨大なモスクがそびえ立っています。その名もモハメド・アル・アミン・モスク。2008年に完成した美しいモスク。

写真の横に見えるのが、聖ジョージカトリック教会。

モスクと教会をともに目線に納めることができる、世界でも珍しいエリア。でもこれが両教徒を抱えるレバノンらしさなのです。

⇧モスクの側面には美しいイスラム模様が。

⇧モスクは無料で訪問可能。とても美しいです。

 

あたりを散策するとたくさんのモスクや教会を目にすることになります。

⇧夜になるとライトアップするモスクも。

 

このエリアにはなんとローマ時代の遺跡まで存在します。ローマからビザンツ、そしてイスラームの時代へ変遷して行ったこの地を強く感じるエリアです。

⇧ローマ時代の石柱。遺跡の後ろにあるのがギリシャ正教会、右にあるのがマロン派カトリック教会です。

⇧ローマの浴場跡も。こんな風に街中にゴロゴロと遺跡が転がっているのも特徴です。

 

②美しく「再建」された旧市街!?

そんな宗教の共存する地区から歩いて目の先、そこには美しい旧市街が現れます。傷ひとつない建築に美しいレリーフ。そこはまさにヨーロッパのよう。

時計台を中心に広がる旧市街。そこはまるでかつての宗主国フランスの首都・パリ。美しい建築にはブティックが立ち並び、華やかさを感じさせます。

⇧星状に広がる旧市街。

 

 

バーやカフェもあり、中東らしくシーシャ(水タバコ)を吸う姿も。ゴチャゴチャしたアラブのスークもいいですが、スッキリした旧市街でのシーシャもいいもんです。

写真で見るととても美しい旧市街ですが、この辺りは先の内戦(1975-1990)で激戦区となった場所であり、全て再建されたものです。そんなこともあってか、テーマパークとしての存在感を放っており、あまり生活感がないのが辛いところかもしれません。

⇧世界にある「本物」の旧市街を見ていたなら、この風景には違和感があるかもしれない。

 

③中東で最も美しいスーク(市場)!?

 

美しい旧市街からまた少し歩くと、今度はショッピングモールにぶつかります。「ベイルート・スーク」と名付けられたこのスークは、確実に中東で最もスタイリッシュなモールでしょう。中にはスタバや映画館が併設され、オシャレさを醸し出しています。

⇧この美しさは中東随一。

 

そんなモールの一角に立つ建築物。窓ガラスもなく、異彩を放っています。

レバノン内戦で破壊された建物です。美しいレリーフはかけ、あちこちに弾痕が。

⇧残されるは戦争の遺跡

そんな負の遺産をも兼ねそろえるのです。

 

④弾丸の跡が残る建物の街?

 

そんなベイルートの美しい旧市街を抜けると、今度はビジネス街の方に進みます。ベイルート・スークから歩いて30分ほどです。

スーツで固めたサラリーマンたちをよそ目に見えてくるのが「ホリデーイン・ベイルート」です。

この穴まみれの高層ビルはレバノン内戦時に両軍の最前線に位置していたことから標的となり、開業後わずか1年で閉業してしまいました。

 

そんな高層ビルは現在、レバノン軍の監視がなされる一つの負の遺産としてそびえ立っています。

⇧ホリデー・インは遠目からも見える。

 

そんなビジネス街ですが、あちらこちらに弾丸の跡が見受けられます。

⇧道の鉄柱にも生々しい跡が。

 

街を歩くと、古い建物と新しい建物が共存しているのですが、古い建物にはよく弾痕が見受けられました。

⇧ビジネス街の中心にある教会も良く見ると、、、

⇧弾痕が。

⇧この地区の建物にはよく残っています。

⇧このような落書きも。隣国が現在内戦中なのです。

⇧この地区には新旧さまざまな建物が残っている。歴史を感じる地区。

 

現在こそ先ほどの美しい旧市街が「中東のパリ」の代名詞となりましたが、かつてはこれらの建物がたくさんあり、彼らがそんな名前を背負っていたのだと思うと悲しい気分になるものです。

 

⑤オシャレな地区は現在の「中東のパリ」!?

 

そんな地区を歩いていると、だんだんお店の溢れるおしゃれな地区に突入します。これがベイルートでは有名な「ハムラ地区」です。

現在の「中東のパリ」たる様子を見せてくれるのがこの地区。オシャレなショッピングストリートです。

ファッションにハンバーガー。なんだかヨーロッパの街を歩いているよう。

この地区は西ベイルートと言われ、ムスリム(イスラム教徒)の住む地区ですが、垢抜けた格好をした男女が闊歩する、そんな地区です。

⇧そんなオシャレな地区も少し入れば戦前の建物が。クリーム色が美しいです。

⇧再開発されたビルとかつての建物が混在するのもハムラ地区の見どころなのかもしれない。

 

少し歩くとベイルート・アメリカン大学が見えます。

アメリカの宣教師が設立したこの大学の周りには多くの学生が歩き、安いフードストリートが並んでいます。

⇧歴史のある佇まい。

⇧学生向けのアパートや家庭教師のバイトの募集もしております。

 

⑥現れるは中東のリゾート!?コルニーシュ地区!

 

そんな過去と歴史の入り混じる不思議な地区を越えると、突然海が現れます。レバント海(地中海)です。

 

中東の美しい海岸線といえばイスラエルのテルアビブやハイファが有名ですが、アラブ勢だって負けてはいません。

⇧インスタ映え間違いなしの景色が広がります。

 

 

ここはロサンゼルスです。と言っても違和感のないであろう、美しい街です。最も、公共鉄道のないベイルートのこと、自動車の排気ガスやタクシーのクラクション(客引き)がちょっと五月蝿い気はいたしますが。

 

⇧アパートが並び、リゾート感を醸し出す。

 

観光地として有名?な鳩の岩もこの地区に。

岩そのものよりも岩越しにみる夕日や飛行機(空港が近いので着陸体制の機体がよく見える)に注目です。

⇧ベイルート国際空港が近いことから、MEA航空(レバノンの航空会社)がよく見えます。

⇧岩側にいると海岸沿いがよく見えます。

 

⑦ちょっぴりクラシックなベンツに乗れる街?

 

街を歩いていると、こんな自動車がたくさん目につきます。

 

そう、レバノンはあまり有名ではないですが、ちょっぴりクラシックなメルセデス・ベンツが走り回る街なのです。

写真にもあるように、タクシーにもクラシックなものがいるので、乗車できます

 

このタイプの車は、ベイルートだけでなくレバノン各地に走っています。

 

⑧言語が入り混じる世界!?フランス語とアラビア語の間で。

 

海岸沿いの街を歩いたら、ちょっと街の細かいところにも目を向けて見ましょう。まずは看板です。

⇧ダウンタウン地区にて。テラスに飾られたクリスマス・ツリーとモスクの塔の対比がまた興味深い。

⇧コルニーシュにて。

⇧ハムラ地区にて

⇧ベイルート東部シャルル・ヘロウ地区にて

 

写真を見ていただければこの通り。様々な言語の標識を見ることができます。

もともとはアラブ人の土地。そこにやってきたフランス人。そして第二次世界大戦後に中東のビジネスの中心となったベイルート。日本では考えることのできないような状況を目にすることになります。

 

それでは、街の中心へ戻って行きましょう。今度はアル・アミン・モスクから東へ続く、アルメニア通りを進みます。

 

⑨かつての原型を美しく留めるオシャレなキリスト教地区、ここはパリ!?

街を東へ進むと、アルメニア通りという美しい通りへ出ます。この通りは先程歩いてきた西ベイルートとは違った美しさがあります。

⇧レバノンは他宗教国家だが、赤新月でなく赤十字なのも注目。

 

車やらゴチャゴチャ感やらが全く美しさを感じさせない、と思う方もいらっしゃるかもしれません。ただ、それこそが本物の「パリ」らしさを醸し出しているのでしょう。先の尖ったアパートや路駐はまさにそのものです。

そして、これからのベイルートを予想させるものも。

 

デザイン重視の建築に、進む再開発。この地区がある意味一番レバノンらしくて、生活感があるかもしれません。

そんな美しい東ベイルート地区にも、戦争で破壊された鉄道の残骸が。高架です。

⇧マール・ミハエル地区にはかつての鉄道の忘れ物が。

 

全く不思議な街です。このアルメニア通りにはたくさんのレストランがあり、夜はバーにもなる。表情の多い地区です。全くそんなところまでパリそっくりです。

 

⑩キリスト教地区にも色々ある!?この独特な可愛い文字とは!?

 

そんなアルメニア地区を東へ歩いていくと、三色の旗を掲げる家々の地区に入ります。

ちょっと見にくいかもしれません。

 

そう、ここは世界最初にキリスト教を国教にした、アルメニア人地区なのです。1枚目右の赤い建物にはナゴルノ・カラバフの国旗まで。

 

反対側にはアルメニア教会が。もちろん文字はアルメニア語です。

 

あまり有名ではないようですが、こんな地区もあるのです。街を歩いていると未知のものに出くわす楽しさ。それはベイルートの楽しみなのかもしれない。

⇧キリスト教徒の多い東ベイルートでは、道端にこのようなものをよく見かける。

 

⑪街に溢れるは首相の会社?

 

ちょっと細かいお話ですが、街を歩いていると、「Solidere」というロゴを見るかもしれない。ダウンタウンも別名をソリデールと言い、運転手には通じる。

これは、暗殺されたラフィク・ハリリ元首相の設立した建設会社なのだ。復興目的として。

しかし、資金の不透明さや他国との関係からか存在を嫌がる人もいる。そんな会社なのだ。

⇧海岸線沿いには「STOP Solidere」のサインが。

 

⇧再開発の進むベイルートは、国土の狭さもあってか道が複雑。そんな開発が進むこの国では建設会社をめぐる問題も多いのかもしれない。

 

 

今回も写真を多めにして、レバノンの首都ベイルートがどのような街かを書いてきました。交通の難しさもありますが、歩いていて発見の多い街です。最後にダウンタウンで見つけたメッセージを貼り付けて、この章を終わりにしようと思います。ありがとうございました。

 

How can we build a Lebanon without the participation of the youth and the new generation, while their opinion is still ignored?

(いまだに若い世代の意見が無視されているというのに、どうやって私たちは彼らの参加なくレバノンを創り上げられよう?)

 

When is the killing of the dreams of the youth going to end? When is the endless flow of departing immigrants going to stop?

(いつになったら若者の夢の破壊は終わるんだ?いつ、出国していく難民たちの流れが止まるんだ?)

 

周りの都合から始まった悲惨な戦争を体験した国が発する言葉。僕らも忘れないでいたいものです。

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ABOUTこの記事をかいた人

埼玉の大学で観光を学ぶ大学生。ディズニー好きが高じて海外ディズニーにハマるものの、旅を続けるうちにイスラーム圏に注目してしまう。パリの移民街にもハマり、築けばイラン・イラクをはじめとした「反米」パスポートを持ったディズニーオタクに。 現在はパリの郊外移民を知るべくフランス語を勉強中。ジャーナリストを目指してます。