“花の都”パリに咲く異色の花Vol.3–インド人街–

世界にはたくさんの色がある。全ての文化の色が見えないのは100年前に世界の色を西欧国民主義の植民という色で染め上げてしまったからかも知れない。

パリにはたくさんの色がある。これはもう話した。ここまで来ると次はどの色が来るのかヒヤヒヤ、いやワクワクするかもしれない。

僕達はある話を聞いた。8月の満月の夜、パリでお祭りがある、と。しかもそれが行われるのはパリ北駅、ガール・ド・ノールのあたりだと。


⇧北駅。Gare du nord(写真はパリ北駅 – Wikipediaより)

 

北駅と聞いて何を思うだろう。ヨーロッパ周遊者ならユーロスター発着、初めての人なら空港行きの鉄道RERB線が止まる駅と考えるか。もしくは「旅行者がパリで行かねばならない一番危ないとこ」か。

いずれにしろあっている。ヨーロッパのターミナルなんてどこも治安が悪い。パリのそれが当てはまらぬ訳がない。

そんなパリ北駅から一駅、もしくは歩いても行けるのがラ・シャペル駅だ。降りるとそこはまさに異世界だった。

 

⇧メトロを出てすぐの写真。ん?おかしくないか?

 

⇧手を精一杯あげて撮影。メトロから出てくる人々の様子はまさに「人種のサラダボウル」。

ジャスミンの花を売るサリーを来たインド人のようなパリジェンヌ(ここではそういうことになる)をすぎるとそこは人しかいない。人で埋め尽くされていた。インド系に。

そう、8月の満月に行われるのはヒンドゥー教の神、ガネーシャの祭りだ。年イチの祭りとあってそこはもう熱気しかない。道は封鎖され、あたりの店は全てお祭りモード。トリコロール(フランス三色旗)とEU旗の下に建てられた臨時ステージでインド・ミュージックを奏でる男たち。そしてパレードを見ようと信号に登る男たち。とにかく“カオス”だった。

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⇧Goproで撮影。パリのアパルトマンにゾウ。不思議すぎる。

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⇧パレードを開催しているよう。

人をかき分け進むと、そこにいたのはお香を炊く美女に神輿に載った男、そして半裸で踊る人たち。観覧者は白人もいたがほぼインド系、極東アジア系なぞ皆無であった。スリなんてレベルでない、僕は友人とはぐれないよう気をつけながら、そしてgoproを強奪されないよう警戒しながら進んだ、いや流されていった。

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⇧街はお祭りモード

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⇧美しいパリの道も荒れ放題。白人観光客もこの祭は多い。

 

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⇧この風景。。

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⇧サリー着用の人も多い。シーク教寺院は無いらしく、ターバン男はいなかった。

どうやらこのパレードの一行はラ・シャペルから一駅、北駅の裏にあるヒンドゥー教の寺院へ向かうらしい。パリといえばカトリック教会なのかもしれない(現段階でパリにモスクは1つしかない)が、ヒンドゥー寺院というのも気になる。

 

道では格安simの宣伝でいちごミルクやボールペンなどが配られていた。配布テントの下は捨てられたプラスチックカップ。そしていちごミルクはバケツから汲まれている、、ここは本当にパリなのか。まあ、味はイケたが。ほかにも、ビリヤニが無料配布されたりしていた。もちろんスプーンはない。手で頂いた。

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⇧sim会社が協賛しているのか、配布していた。ステージではインド音楽、右上にはEU旗が。

 

 

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⇧シャルル・ド・ゴール空港への看板がパリであることを示す。

 

予定では3時に寺院に到着予定らしい。とはいいつつ着かないところもインドらしい。というのも、神輿に載せられた男がスパイスを観客に塗りつけている。つけられると幸福のサインらしく、人が群がり神輿も進めないのだ。パリ市警や軍がテロや整理を兼ねていたものの、収集がつかない様子だ。

ようやく辿り着いた寺院。飾りはあるものの完全にカフェであった。おそらくではあるが、インド系が集ううちにカフェが集会所になり、寺院に発展したのだろう。僕たちは混乱から逃れるように北駅へ戻った。

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⇧左にあるのがヒンドゥー教寺院。一階の外観はまさしくカフェのよう。

 

数分前の出来事が嘘のように北駅は観光客を迎え、駅前には黒人がたむろしていた。僕達は近くのアラブやこれまたインド系のうろつくサンドニ門まで歩き、パキスタン系の営業する店で5ユーロのテイクアウトを注文し、借りていたアパルトマンのあるオペラの方へ戻った。

まるで中東の航空の航路のようだが、これでもメトロで数駅の距離なのだ、、パリの中なのだ、、と。

⇧パリ・サン・ドニ門。この辺りまで移民街は広がっているのだ。

 

インド・パキスタン(バングラ系も)系は主にサンドニ門から北駅周辺、に固まっている。このあたりにはフランス版の屋根付き商店街、「パサージュ」もあり、あちらこちらからカレーの香りがする。もちろん安い。彼らの始まりはインドにあったフランス領・ポンディシェリからの移民である。RERやユーロスターなどでやってきた観光客をパリで最初に迎えるのはなんとインド系の街になるのかもしれない。。もう信じられないとはいえないだろうが、、、

⇧夜に向かった凱旋門。いつも通りの輝き。

==インド人街へのアクセス==

4/5号線北駅もしくは一個先の2号線ラ・シャペル駅にて。確か2つの駅は接続されてメトロマップでは1つの扱いになっていた筈です。祭りはこの辺りですが、移民街自体はもう少し南へ広がっているので歩いてもいいかも。サン・ドニ門のあたりは観光客も多いです。

ちなみに左のピンはVol.2で書いたアフリカンタウンの入り口・ヴァルベス・ロシシュアール。

一駅で世界が変わるんです。これがパリの面白さ。

祭り自体は特に治安に問題はなさそう(テロとスリ以外)。いや、この2つが問題か。

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ABOUTこの記事をかいた人

埼玉の大学で観光を学ぶ大学生。ディズニー好きが高じて海外ディズニーにハマるものの、旅を続けるうちにイスラーム圏に注目してしまう。パリの移民街にもハマり、築けばイラン・イラクをはじめとした「反米」パスポートを持ったディズニーオタクに。 現在はパリの郊外移民を知るべくフランス語を勉強中。ジャーナリストを目指してます。